<目標>

我々は、心不全や糖尿病といった老化疾患に対して、老化制御を介した新規治療法や治療コンセプトの創出を通して「老化疾患に対する先制医療の確立」を目指します。

<研究の背景>

老化は種・個体間で多様性をもちながら普遍的に存在する生命現象であるが、その制御メカニズムは未だ多くの謎に包まれている。以前は老化の過程は無秩序に生じるものと考えられていたが、今日一定の分子制御を伴った生命現象であることが明らかになってきた。老化研究において種を超えて保存され、且つもっとも研究が進んでいるのがインスリンシグナル経路である。多くの種、実験モデルを用いた研究により、インスリンシグナルの抑制は寿命を延長することが報告されている。そのため、肥満・メタボリック症候群が老化を進行する主な原因は、高インスリン血症を介した、インスリンシグナルの活性化が主因であると広く受け入れられている。肥満はインスリン抵抗性の主因であるが、今日、肥満に伴うインスリン抵抗性、糖尿病の発症に、白色内臓脂肪における炎症が関与していることが明らかにされている。老化により、肥満・メタボリック症候群といった生活習慣病が増加する報告がある一方で、生活習慣病そのものが老化を促進する可能性が示唆されている。脂肪不全が全身のインスリン抵抗性を惹起し、全身の代謝障害を介して脂肪不全が進行するという負の循環サイクルの存在が示唆される。

老化は細胞レベルでも生じることがわかっている。細胞は分裂するごとに染色体のDNA末端に存在するテロメア構造が徐々に短縮してゆく。テロメアがある一定の短さに達すると、DNA障害が生じ、p53シグナル経路を介した細胞死および細胞老化に陥る(Replicative senescence)。放射線などによるDNA損傷や酸化ストレス、癌遺伝子の発現などによる過剰な増殖刺激によってもp53依存性の老化シグナルが活性化し細胞老化が生じる(Premature senescence)。細胞老化に陥った細胞は遺伝子発現プロファイルが変化し、不可逆性の分裂停止状態となる。細胞老化と個体老化の関連を示唆する研究結果が複数報告されており、例えば高齢者や早老症候群の患者から得られた細胞の寿命は短いこと、ヒトの加齢に伴いテロメアが短縮すること、テロメアの短縮しているヒトの集団では寿命が短いこと、加齢に伴い老化細胞が蓄積することがわかっている。以前、我々は、虚血性心疾患に罹患した冠動脈内に、老化染色陽性細胞が存在することを報告した。細胞老化が加齢関連疾患の病態と関連することを示唆する結果と考えられる。

我々は老化研究を、「細胞レベルの老化が個体老化の一部の形質、特に病的な形質を担う」という仮説に基づいて研究を行ってきた。最近我々が報告してきた脂肪組織の老化や機能不全と、心不全や糖尿病の関係について以下に記載する。

 

<肥満における白色脂肪老化の意義>

脂肪組織はこれまで単なるエネルギー貯蔵庫として考えられていたが、最近の知見によりアディポカインと総称される様々な分子を分泌する内分泌器官としての役割をもつことが明らかになってきた。肥満は多くの近代社会が直面する社会問題であるが、内臓脂肪組織において炎症が惹起され、全身のインスリン抵抗性が生じることが糖尿病の発症および進展に重要であると考えられている。以前我々は、肥満モデルの白色脂肪組織でp53レベルの上昇を介した脂肪老化が進行し、糖尿病の病態を促進させることを報告した(Nat Med 2009)。更に最近、p53の下流に分泌タンパク質として知られるセマフォリン3Eが存在し、肥満時の脂肪炎症と全身のインスリン抵抗性の獲得に不可欠な分子であることを明らかにした。セマフォリンおよびその受容体であるプレキシンは胎生期において神経・血管ネットワークの構築に不可欠な分子であり、免疫応答を制御することも知られているが、肥満モデルおける意義は明らかでなかった。野生型マウスに高脂肪高ショ糖食を与えて肥満モデルを作成すると、脂肪炎症や全身のインスリン抵抗性が生じるとともに、脂肪組織におけるセマフォリン3Eとその受容体であるプレキシンD1の発現が著明に亢進した。脂肪組織においてセマフォリン3E-プレキシンD1経路を抑制すると脂肪炎症や全身のインスリン抵抗性は改善し、セマフォリン3Eを過剰発現すると脂肪炎症とインスリン抵抗性が惹起された。細胞遊走アッセイによりセマフォリン3Eはマクロファージ浸潤を誘導することがわかった。さらに脂肪組織のp53発現を抑制すると、セマフォリン3Eの発現低下とともに脂肪炎症やインスリン抵抗性が改善した。これらの結果からセマフォリン3Eはマクロファージの誘導因子としての生理活性をもち、肥満時の脂肪組織においてp53がセマフォリン3Eの発現を亢進させることで脂肪炎症や全身のインスリン抵抗性が生じることが明らかとなった。(Cell Metab 2013)

<心不全における白色脂肪老化の意義>

全身のインスリン抵抗性は心不全時に生じることも知られていたが、その分子機序や病態意義に関しては明らかではなかった。最近我々は内臓脂肪組織において交感神経の緊張による過剰な脂肪融解が生じることが、活性酸素の産生高値とDNA障害を引き起こしNF-κB経路の亢進を介して白色脂肪炎症が生じることで、心不全時に全身のインスリン抵抗性(高インスリン血症)が生じることを明らかにしたJ Clin Invest 2010, Cell Metab 2012心不全時に生じる内臓脂肪の炎症を抑制すると、全身のインスリン抵抗性が改善し心機能の低下が抑制される。このことにより、脂肪組織における炎症とインスリン抵抗性が糖尿病や肥満のみならず心不全の新たな治療標的となりうる可能性が示唆された。

<肥満における褐色脂肪不全の意義>

褐色脂肪はかつて小動物やヒトの乳幼児に主に存在すると考えられていたが、最近、成人にも存在することが報告され、全身の代謝を制御する可能性を秘めた臓器であることがわかってきた。加齢や肥満により褐色脂肪の機能が低下する分子機序は不明であったが、最近私はKenneth Walsh教授(ボストン大学(米国))の研究室にて褐色脂肪組織内の微小血管ネットワークが組織の恒常性維持に必要不可欠であることを明らかにした。野生型マウス(C57BL/6)に高脂肪高ショ糖食負荷を行い肥満モデルマウスを作成したところ、褐色脂肪細胞内の脂肪滴の増大と、ミトコンドリア数の減少を認め、寒冷刺激応答が低下することがわかった。肥満時には過剰な脂肪酸の蓄積により褐色脂肪細胞内の交感神経シグナルが低下し、主要な血管新生因子として知られる血管内皮細胞成長因子VEGF-Aのレベルが減少することで血管密度が低下した。その結果、褐色脂肪組織が低酸素状態となり、過剰なオートファジー(Mitophagy)反応を介してミトコンドリア数が減少することで褐色脂肪組織の「白色化」と機能不全が進行し、全身の糖代謝異常が生じることがわかったJ Clin Invest 2014 





褐色脂肪組織の「白色化」と機能不全の意義


Shimizu I, Walsh K et al

J Clin Invest 2014

以上の結果は、肥満や糖尿病、心不全の病態に、脂肪老化と機能不全を介した全身のインスリン抵抗性が深く関わることを示すものであり、細胞老化や全身のインスリン抵抗性を制御することで、これらの老化関連疾患に対する新たな治療法を創出できる可能性が高いと考えられる

 

<将来の方向性>

「老化疾患に対する先制医療の確立」が我々の研究目標です。












DNA損傷を介した糖尿病発症、進展機序


Shimizu I, Minamino T et al

Cell Metab 2014

<キーワード>

循環器疾患、老化、老化マーカー、全身のインスリン抵抗性、心不全、肥満、糖尿病、p53、慢性炎症、褐色脂肪組織、代謝